※このコラムは「未来のミライ」公式HP(2018年7月27日UP)より転載しています。
自分の生命は、何でできているのだろうか。
当たり前すぎるがゆえに、逆に気づきにくい疑問である。
その回答のひとつを、驚きと喜びの感覚とともに
生活の中から発見できる新しい映画が誕生した。
当たり前すぎるがゆえに、逆に気づきにくい疑問である。
その回答のひとつを、驚きと喜びの感覚とともに
生活の中から発見できる新しい映画が誕生した。
平凡な家庭の4歳児と新生児――『未来のミライ』は、まだ世の中を知らない子どもたちのミクロの視点から、「生命の来し方行く末」というマクロな拡がりを探求する。生命をさずかり育て、次の代へとつないで前に進み続ける。連綿と人類が営んできた「当たり前の連鎖」が優しい筆致で綴られていく。
そんな作品の監督・脚本・原作を担当する細田守は、「オリジナル作品」で勝負できる数少ないアニメーション作家である。日本を代表する映画監督として、この5月に開催された第71回カンヌ国際映画祭「監督週間」に選出され、本作の世界最速上映を実現したばかりだ。それは細田守監督がこの12年間、一貫して「日本の現実」に対峙し、アニメーションのパワーで光を当てて浮き彫りにしてきた実績が評価されてのことであった。
細田守監督が独立した2006年の『時をかける少女』(原作:筒井康隆)ではタイムリープを覚えた女子高生が体験する《恋愛》を描き、クチコミを通じてロングランを実現。2009年の『サマーウォーズ』ではバーチャルワールドで再確認される《家族の絆》と、普遍的で人間味あふれる感情をコミカルな筆致とともに浮き彫りにしてスマッシュヒットを獲得した。制作拠点・スタジオ地図設立後の2012年の『おおかみこどもの雨と雪』では動物への変身を通じて《母と子》という人間の根幹と言える普遍的テーマに挑戦し、大きな支持を獲得。2015年の『バケモノの子』では少年の異世界冒険と格闘家の師弟関係から《疑似家族》という絶妙な関係性をエンターテインメント映画として描き、誰もが注目するヒットメーカーとして成長した。
さまざまな題材に挑み、着実なステップアップを重ねる一方で、「人と人の絆」という点では、すべてが一貫している。そして「恋愛」「結婚」「出産」「師弟と仲間」など、世界中の誰もが共感できる関係性を「動く絵」にして描くことで、日常に潜んで見えにくくなっている《大事なもの》を照らし出してきた。アニメーションを通じて再発見できる人生の驚きと喜びは奇跡の感覚に高まり、国境を越えて多くの人を感動させている。
そして『未来のミライ』は、これまで細田作品で描かれてきたもののすべてが総動員され、さらにその先を目指した決定版になったのだった。
映画の構成は、非常にシンプルだ。テレビシリーズ1話分に相当する長さの短編的なエピソードが、全部で5つ用意されている。新しい赤ちゃんが来たばかりの平凡な家庭生活の中で、4歳児の主人公くんちゃんの気持ちが揺れるような何かが起きる。それをきっかけに、少し不思議な事件がくんちゃんを翻弄する。時にそれをサポートするのが、未来からやってきた妹のミライちゃんである。
ひとつの大きな物語を軸にラストへ向かって盛りあげる一般的な娯楽映画の構成とは違い、一見バラバラにも受け取れる物語が散りばめられている。やがて事件をひとつに束ねる「意味」が提示され、「いま自分は時間と空間の連なりの中でどこにいるのか」という「座標」が示される。そのとき、大いなるクライマックス感覚が形成されるはずだ。誰もが通過してきた物心つく時期へいったん帰還することで、「人生の地図」を見つけ直す機会をあたえてくれる映画なのだと、そのとき気づくだろう。もし観客に迷いがあるのなら、4歳児といっしょに「座標」を見つけ直す旅に出た感覚が得られるだろう。もちろん笑いに充ちた「子育てあるある映画」として楽しむこともできる。あるいは古来から連綿と伝わる神話的構造や通過儀礼を読みとれるかもしれない……。観客の経歴と受け止め方次第で、まるで万華鏡のようにさまざまな輝きを反射して見せてくれる映画なのだ。
観終えた後、映像の口当たりは良かったはずなのに、ずっしりと何か重いものを受けとった気になり、触発された考えが膨らみ続けるかもしれない。それを親しい人と語り合うことで、また違う角度の見方と楽しさが得られる可能性もある。命と喜びの連鎖が、現実世界へ伝搬して新たな連鎖を生む……。
そうやって観客個々人の日常が活性化されたとき、「生命をふきこむ」というアニメーション本来の意味と機能が確認できるはずだ。そして「日本の当たり前」が「世界の当たり前」と結ばれたとき、現実世界でも必ずや輝かしい奇跡が起きるに違いない。
氷川 竜介(明治大学大学院特任教授)
※このコラムは「未来のミライ」公式HPより転載しています。
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